受け入れることで深まる自分の世界

13日のInstagramにアップしたカードはカップの7。

そこに吊るされた男を並べて浮かぶものをつらつらと書こうと思います。

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カップの7よりも吊るされた男のカードの方が影響の大きいカードなので、こちらをメインに考えてみます。

自分を捧げる意志

吊るされた男のカードに描かれているこの男性はちょっと笑顔にすら見えて苦しんでいるようには見えませんよね。と、いう事は忍耐のカードなんだけどこの忍耐は辛いものではないのかなって思います。

大好きな事だったり、やりたい事を学んでいる時にその過程がとても大変な事だとしても心はこのように満足して満たされているものではないでしょうか。

見た目は大変そうなんだけど、本人はそうじゃない。

大変そうと判断してるのは周りの目。本人は辛いけれど周りが思っているような辛さではないんですよね。

それはこの試練が未来に実を結ぶものだとわかっているからなのかもしれない。

吊るされた男のカードには試練というキーワードがありますが、この試練は己を否定する試練だそうです。

委ねるってことです。(最近の私のテーマがここにも♪)

自分の感覚、考え方、視野では一段上の事はわからないんですよね。もっと向上したいなら、変わりたいなら、自分を否定する事を受け入れる決意がないといけないのかなって思います。

そんな時に現実と向き合う心構えもまくふわふわと空想の中で甘い夢を見ているとしたら、

こんなはずじゃないんだけど。

私のこの方法の方が良いと思うのだけど。

まだそこは先延ばして今を楽しみたいんだけど~♪

なんて不満や甘えの思いでいっぱいになりそうです。そうなると吊るされた男のカードの人物の顔も苦痛で歪んでしまうかもしれません。

変わりたいと言いつつ変わる気がない。

カップの7の状態にあると、現実味のない感覚で夢を語ったり、今向き合うべきものに向き合う事を避けていたり、自分が本当に欲しいものがなんなのかわからない状態になっていたりととにかく地に足がついていない状態になっている事が多いです。

変わりたいと言いつつ「でもでも」って自分の感覚で判断する。

それは吊るされた男にはありません。

教える立場になると

「とにかくやってみなって」

と言いたくなる事ありませんか?ツベコベ言う暇があったらやってみなよって。

自分でやってみて続けてみないとわからないものってあるんですよね。それはやる前に空想で考えていてもわからないこと。

わかったつもりとわかるの差は大きいですね。

福山雅治さんの言葉

何かで耳にしてとても納得したんですけど、

福山さんご自身もまだ売れているという状況ではない時に、売れてない人同士が集まって

「売れるだけがすべてじゃないよ。」

って言うのはなんか違うなと思ったそうです。

確かに全てじゃないんだけど、それは売れてから言わないとなって。売れる経験をした人が本当に実感してそう言うのと、売れてない経験しかない人が売れてないのにそれを言うのは違うと。

聞きながらすごく納得した言葉でした。
その経験をした人が自分の体験として語るからこそなんですよね~。

そして多分なんですけど(そこで想像で語るんかい!と自分で突っ込みしましたが)、体験を語る時って自分の体験からの感想なので、他の人の意見を否定する気持ちは出てこないのではないかなって思います。

売れてない時のこの言葉は売れる事をちょっと否定しちゃってますけど、売れてからの言葉になると売れる事を否定するのではなく、それも大事、でもそれ以外も大事と思ったよって意味になる。思ったんですもんね実際に。

まとめ

成功者の意見でわからない言葉があっても、今の自分だからわからないだけなんだってまずは受け入れてみると良いかもね♪やる前からあ~だこ~だと判断して空想の中で生きないように^^